富山県の将棋界情報をお届します。富山棋界以外でも近県の情報や将棋に関する色んな情報も書いていきます。
by niseara
カテゴリ
全体
将棋大会
大会結果
県内強豪・成績優秀者
支部関係の情報
プロ棋界・奨励会・研修会
雑誌・棋書案内・新聞記事など
将棋漫画・小説など
イベント情報
TV・ビデオなどの情報
ネット関係
将棋雑学
ゲーム・将棋ソフト・玩具情報
詰将棋
本からの引用
その他
未分類
以前の記事
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
フォロー中のブログ
- Earth Drag...
ショウミホのWEB日記♪...
子供将棋スクール
妻の小言。
のっぺり空間
Kazumoto Igu...
のうりんのぶろぐ
最新のコメント
ふと疑問に思ったんですが..
by high_F at 22:53
開始日時:2018/04..
by uma at 21:34
▲8六香 △8五桂 ▲同..
by uma at 21:30
開始日時:2018/04..
by uma at 21:28
開始日時:2018/04..
by uma at 21:17
リンク
≪将棋道場・支部≫
日将連 富山支部将棋会館
富山将棋道場
将棋囲碁処あなぐま
囲碁将棋サロン大沢野
日将連 石川県支部連合会
≪将棋ブログ≫
将棋雑談アレコレ
主に将棋動画 その他動画
寺川唯子先生の将棋レッスン
キロの将棋じゃーなる
≪将棋公式サイト・DB≫
日本将棋連盟
関西将棋会館HP
LPSA
将棋連盟棋士別成績一覧
将棋のデータベースサイト
将棋DB2
局面ペディア
将棋データサイト
アマレン
玲瓏
将棋盤局面図を作成
≪ネット将棋・対局サイト≫
81dojo
ハンゲーム
将棋クエスト
囲碁クエスト
リバーシ大戦
チェスクエスト
将棋倶楽部24
≪TV・動画サイト≫
NHK囲碁と将棋
囲碁・将棋チャンネル
AbemaTV 将棋CH
ニコニコ動画
YOUTUBE
TVer
≪詰将棋≫
詰将棋おもちゃ箱
詰将棋一番星
詰将棋パラダイス
詰将棋の欠片
フェアリー時々詰将棋
詰将棋五十音図
毎日が記念日
詰将棋博物館
詰将棋解答選手権 ブログ
Takubon's Pages
≪応援HP・個人サイト等≫
光よりも速く
将棋タウン
梔子こみゅにてぃ
≪コンピューター将棋等≫
コンピュータ将棋協会
天下一将棋会2
柿木義一さんの応援HP
floodgate
≪その他≫
YAHOO!JAPAN
アマゾン
ツイッター
藤子・F・不二雄ミュージアム
MIXI
文字数カウント
電卓
ぶぶと愉快な仲間たち
わんぱく店長のつぶやき
聖子動画にハマリっぱなし
富大ちゃんねる
キャベツ屋さん
読書メーター
創作関連日記・メモ
アルカディア
小説家になろう
PIXIV
ライトノベル作法研究所
ストーリーメイカー
即興小説トレーニング
即興二次小説
書き出し.me
ハーメルン
アルファポリス電網浮遊都市
小説家のたまご
ノベルジム
まりあの小説投稿
ノベラボ
怖い話投稿サイト 怖話
カクヨム
E★エブリスタ
noteつくるつながるとどける
   
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:その他( 292 )

伝説の「富山県棋界最強棋士」 (3)

「伝説の『富山県棋界最強棋士』」の第3回です。


 そんな日々も、突然終焉を迎える。「斬り合い」が始まってから数ヶ月後、「甚四郎さん入院」の一報を村上支部長宅で聞いた。杉本さんなどはからかい半分、「桶屋のせいやわ。」などといじってくる。しかし、福澤前支部長の「とにかく、何があっても、絶対にあの人とだけは将棋を指したらだめやぞ!」という言葉の意味を心底理解し、他者に語らぬ心身の不調を実感していた私は、気の利いたジョークで返す余裕もなく、乾いた薄ら笑いを浮かべ、受け流すことしかできなかった・・・。しばらく後、ダメージが幾分かとれたところで、村上支部長に教えてもらった甚四郎さんの入院先の病院へと見舞いに向かった。看護師さんに案内された病室のベッドの上で、甚四郎さんはぐっすりと眠っていた。「寝ておられるから、今日はこれで失礼します。」私がそう言うと、看護師さんが「もうすぐ食事の時間なので起こしますよ。」と言って甚四郎さんを起こした。「ああ、先生。よく、こいとこまで来られたね。」「甚四郎さん、大丈夫ですか。早く元気になってください。」その日はそんな挨拶程度で失礼することにした。(元気になったらまた指しましょうとは、口が裂けても言えなかった・・・)それからというもの、二人の休日は、某老人福祉施設での「斬り合い」ではなく、病院での「対話」に舞台を移した。思えば、某老人福祉施設では、感想戦ですら一言二言で終わり、会話らしい会話というものはほとんどしたことがなかった。相変わらず、私のことを「先生」と呼ぶ甚四郎さんが、未だに私の職業も知らないくらいなのだから・・・。しかし、舞台を病院に移したことで、寡黙だったはずの甚四郎さんは大変饒舌に昔のことを話してくれ、私もそれを興味津々で聞きながら大いに会話を楽しんだ。「あの時、花村君はねえ。」などと、プロ名人戦の挑戦者にまで昇りつめた花村元司九段の「東海の鬼」時代には香落ちなどで指していたこと(上手「東海の鬼」)、名古屋在住時代の生活(真剣師のたまり場)のこと、何十年も将棋を指していない間はずっと囲碁を打っていた(俗語の「真剣」で)話などなど、まるで私もその場で見ているかのように、色鮮やかに話してくれた。また、某老人福祉施設訪問の際には、手土産一つもっていかなかった私であるが、病院を訪れるようになってからは、「時間のある時に、これ読んでください。」などと言って、過去の将棋世界及びその付録等を置いてくるのが毎回の習慣となった。互いに、もう二度と対局する機会がないことを薄々感じながら・・・二人は「相手を斬り合う」関係から、「相手を知り、いたわり合う」関係へと大きくシフトチェンジしていったのである・・・。

その後、職場の多忙な時期の波にのまれ、1か月ほど見舞いに行けなかったある日のこと、村上支部長から甚四郎さんの訃報についての連絡を受けた・・・。葬儀には出席できなかったが、後日、香典袋を携え、村上支部長から教えてもらった、甚四郎さんの息子さん宅に伺った。今となってはうっすらとしか覚えていないが、「空前絶後の『富山県棋界最強棋士』と、遅ればせながらも同じ時代に巡り会い、対局させていただいたことに感謝しています。尚、今後『心の真剣』は二度と使うことなく、今日、この場に置いていきます。また、甚四郎さんが魅せてくれた『魂の一手』は生涯忘れません。これまで本当にありがとうございました。」等々、ご仏前で伝えた気がする。某老人福祉施設で繰り広げられた激闘の日々を終え、伝説の「富山県棋界最強棋士」の最晩年を見届けた私は、その後、虚無感にさいなまれるとともに、将棋に対する情熱を次第に失っていった・・・。

<あとがき>2017年1月、寄稿文で、「私の将棋練習法」について書かせていただきました。性格上、文章の校正については、きりなく取り組んでしまい、これが最後と言いつつブログ担当者の荒木秀夫さんに最終稿を送ってはみるものの、結局何回も「待った」をお願いしてしまいました。(後日、読み直しても、その度に新たな修正箇所が出てくるので、やはりきりがありません・・・)そんな荒木さんとのメール交換の中、私が「次回は『伝説の富山県棋界最強棋士、広野甚四郎さんについて書いてみたい構想が湧いてきました。」と冗談半分で何気なく書いたところ、荒木さんから「ありがとうございます。広野甚四郎さんの話などはかなり貴重なものだと思いますので楽しみにしたいと思います。」と、すぐに丁寧なお返事をいただいたことが、今回の執筆のきっかけとなりました。「甚四郎さんの思い出か・・・。どんな感じになるか、やらんなん仕事もあるけど、ちょっと書いてみようかな?」埃まみれの記憶を元に少し書き始めると、当時の熱い日々がよみがえってきて、止まらない止まらない・・・。結局日程で一気に書き上げてしまいました。しかし、読み返すと、「こっちの表現の方がいいかなあ。」などと、またしても校正作業のエンドレス状態が始まる始末。結局、本文は2017年1月上旬に完成し、荒木さんに一旦原稿を送ってはいたものの、修正にしばらく時間をくださいと言ってから忙しさにかまけ、放置したまま時が過ぎておりました。荒木さんおっしゃるところの「かなり貴重な甚四郎さんの話」をきちんと説明するのは、明らかに私のキャパを越えた作業ではありますが、しかしこのままだとせっかくの力作(笑)がお蔵入りになるのも忍びないので、この度寄稿に踏み切った次第です。

尚、今回執筆しながら、若かったあの頃とは違い、当時の甚四郎さんの気持ちが、おかげで少しは見えてきた気もします。あの時、甚四郎さんは、こちらが勝手に感じていた内的世界とは違う気持ちで私と将棋を指していたのではないか。私を命懸けで「斬り」にきたのではなく、私に命懸けで「教えて」くれていたということを・・・。

また、文中に「いやな予感的中率99.99%」と、お世話になった分、何度も登場してくる村上義和支部長の第六感の鋭さを書いた箇所がありました。敢えて100%にしなかったのは、甚四郎さんと将棋を指したことが、私にとって本当によかったと思っているのがその理由です。今回の執筆を機に、忘れられない「魂の一手」を手本とし、失った将棋に対する情熱を取り戻すべく、これから精進していきたいと思います。

       2018年8月31日  桶屋 郁夫


[PR]
by elijahmadnar | 2018-09-06 00:09 | その他 | Trackback | Comments(0)

伝説の「富山県棋界最強棋士」 (2)

「伝説の『富山県棋界最強棋士』」の第2回です。


施設に入るとまず、数十人の入居者に、これ以上は無いというくらいの熱い視線を一斉に浴びせられた。今で言うところの「ガン見」である。「誰かの孫が来たんかと思っとらかな?しかし、ここまで見るか・・・?」そう思いながら、施設の方に案内された30人程の入居者がいる大広間に着くと、既に甚四郎さんが将棋盤を出して待っておられた。「初めまして、村上さんに連絡していただいた桶屋です。」「ああ、来られたけ。じゃ、さっそく始めるけ。」そう言った甚四郎さんは駒を並べる前に、横にいたお弟子さんらしき人(以下お弟子さんに統一)に小銭を渡し、買い出しに行かせた。駒を並べ始めると、先日の大会では気付いてなかったが、「屋久島の縄文杉」よろしく、指の皮がぼろぼろになっていることに驚かされた。「これだけすごい手の人と指すのも初めてやな。しかし痛そうやな・・・。」駒を並べ終えたところで、ちょうどお弟子さんが戻ってきて、甚四郎さんにタバコとお釣りを、そして私にはコーヒー牛乳を渡してくれた。「えっ、これは?」戸惑う私に甚四郎さんは、「遠慮せんと、飲まれ。」と言われた。「あっ、ありがとうございます。(割といい人じゃないか・・・)」先日の第一印象でかなり和らいでいたとは言え、数々のブラック話からまだ相当警戒していた緊張感もここでかなり解け、頂いたコーヒー牛乳を一口飲んだところで、甚四郎さんと私の「記念すべき第1局」が始まった・・・。勝負の結果は私の勝ち。「記念すべき第1局」だったのに残念ながら棋譜は不明で、今となってはその時の勝敗と、ぼろぼろになった甚四郎さんの指、加えて、頂いたコーヒー牛乳のこと位しか、よく覚えてはいない。その後、入居者の夕食時刻まで数番指し、別れ際に一言、甚四郎さんが言った。「先生、奥が強いねえ・・・。」1日を通して、その日初めて甚四郎さんに二人称で呼ばれたのだが、初対面で私の職業(当時教員)のことは全く知らないはず。どうやら、こちらの力を認めて、「先生」と言ってくれたようである。また、古典詰将棋を通して知識としては知っていた「終盤」の同義語である「奥」という言葉をごく自然に使う人物を初めて見たので、マニアック的にも、大変うれしく思った。このようにして、本来、「先生」と「桶屋君」であるはずの年齢差約60歳の二人の、「甚四郎さん」・「先生」と呼び合いながら、その関係を深めていく日々がスタートしたのである。

一体何番指したことであろう。20代半ばで、まだまだ遊びたい盛り。したいことや興味も多方面にある中、それからというもの、私は土日どちらかの休日には必ず、例の老人福祉施設へと足を運んでいた。2回目の訪問からは、より静かな環境で将棋を指すための配慮なのか、甚四郎さんの部屋に通されるようになった。以下の定跡手順としては、まず始めにお弟子さん(数名いて交代制)が遣いに出され、甚四郎さんにタバコとお釣りを、そして私に飲み物(コーヒー牛乳オンリーでなく、缶コーヒー、ヤクルト等、いろいろな変化があった)を渡して退出。その後、対局開始。途中、定時にお弟子さんが飲み物をもって来てしばらく観戦しているが、それ以外はずっと閉ざされた二人だけの空間の中、昼過ぎから終了予定の夕食時刻までただただ将棋を指し続けた。(チェスクロック不使用)対局はいつも好勝負であった。100メートル走に例えると、まず30メートル辺りまでは並走。だが、中盤で異様な力を発揮してくる甚四郎さんが、そこからリードを奪う展開に。しかし何と言ってもこちらには、「詰むや詰まざるや」で鍛えて頂いた伊藤宗看・看寿の両先生が味方についている。後方からまくりをかけ、90~95メートル地点で並んだ後、そのまま一気に抜き去りゴールというパターンが多かった。感想戦はいつも、甚四郎さんの締めの一言で手短に終わった。「先生、奥が強いねえ・・・。」そりゃそうだ。当時の私は伊藤門下を自負しており、今と違って「それなりに時間さえあれば、俺に解けぬ詰め将棋など、この世には存在しない。」と言い放つなど自信満々。なおかつ実際にそれを実行していた時期の真っ盛りなのである。ところが、そんな自分を相手に、齢85を過ぎながらも、いつもぎりぎりの勝負をしてくる甚四郎さんの「化けもん」ぶりに、指せば指すほど将棋の深さ、そして相手の強さを感じさせられた。

そんなある日のことである。その日の対局では、例によって100メートル走に例えると、これまでの展開とは違い、50~60メートル地点では既にこちらがリードを奪い、そのまま差をつけながらゴールするという将棋が多かった。「やっと甚四郎さんの中盤に対する指し方のコツが分かってきたわ。終盤になったこの将棋もいただき!」勢いを増してきた数局目の終盤戦のこと。私は得意気に指をしならせながら、自信満々敵陣2一の地点に飛車を成った。それに対して甚四郎さんが、待ってましたとばかりに珍しくノータイムで次の一手を放ってきた。

「パッシーン・・・」未だかつて見たこともなく優雅で、なおかつ非常に妖しい手つきで4二の地点にいた玉を5三の地点に上がってきたのである。

「なんじゃそりゃ?そんな手あるわけないやろ。」一瞬も考えていなかった意外な一手を指され、半ばあきれながらも私はトドメの一手を読み始めた。5分後→「フーン。玉の早逃げなんとやらで意外と寄らんもんやな。でも、なんかあるやろ。なめとらんと、腰落としてちゃんと読むか・・・。」15分後→「おかしい。寄りが全く見えん。どうすんだよ?」30分後→「寄りないどころかよく見たら、いつの間にか、鉄壁のはずのこっちの方がやばくなっとんにかよ。これじゃあ一手どころか本当に『玉の早逃げ八手の得』やにかよ。一体、どういうことよ???」解析不能でフリーズし、次の一手が全く見えないまま、この数手前に甚四郎さんが不可解な長考をしていた意味をようやく知るに至る。「あの局面からこの手を読んでいたのか・・・」気付いた瞬間、なぜか背筋がぞっとした。相手の力量を見切ったつもりが、実はこっちが見切られていたのである。これまで散々打たせるだけ打たせた挙げ句の果て、いつの間にか、こちらの終盤力は甚四郎さんにほぼ吸収されつくしていたことを悟る・・・。先ほど着手された瞬間の映像が頭の中で何回も反芻される。

「パッシーン・・・」未だかつて見たこともなく優雅で、なおかつ非常に妖しい手つきで放たれた「魂の一手」を見つめながら、私は本能的に感じる身の危険におののいていた。「こ、この人と将棋を指していたら・・・」

フリーズしたまま、いつしか私は手を読むのを止め、この恐怖感がいったいどこから湧き上がってくるのかを必死に探っていた。ここからしばらくは、私の内的世界を例え話で述べることにする・・・。

確かに先ほどまでは互いに竹刀で打ち合う勝負をしていたはずなのだが、ふと目を見やると、いつの間にか甚四郎さんが手にしているのは、妖しく光る真剣。そんな甚四郎さんが、話に聞いていた琥珀色の目で睨みながら、いつもの一歩あたり10~15センチの歩幅で、こちらに少しずつ近づいてくる。身の危険を感じる理由はこれで分かった。こっちが竹刀で、あっちは真剣。やばい、とにかくやばい。いったいどうすりゃいいんだ・・・。後ずさりしてはみたものの、これ以上後ろは断崖絶壁。もはやこれまでかと観念した瞬間、気が付くと私は「伊藤」と銘の入った一本の真剣を手にしていた・・・。

それからというもの、「修羅場」と化した二人の対局は、近づきがたく重苦しい雰囲気が醸し出されるようになり、定時にやってくるお弟子さん達ですら、差し入れを渡す手が震え、これまでのようにしばらく観戦することもなく逃げるよう足早に去っていくようになった。二人の対局は、甚四郎さんと私にとって、いや、少なくとも私の内的世界においては、真剣を手にしての壮絶な斬り合いの場に変容してしまったのである・・・。まず対局が始まると、相手に対して一分の隙も与えないよう、互いに間合いをはかりながらゆっくりと、そして少しずつ近づいていく。安易な攻撃は絶対に仕掛けない。しかしある刹那を境に、一気に斬り合いが始まる。伊藤門下を自負しながらも、自分がこれまで何のために、誰と戦うために終盤力を磨き上げてきたのか、その意味がようやく分かった。斬って斬られ、斬って斬られ、斬って斬られて、斬られて斬って・・・とにかく、どちらかがぶっ倒れるまで、二人はただひたすらに斬り合いを重ねた。しかし、「肉を切らせて骨を断つ」の言葉通り、互いに真剣で斬り合って無傷で済む訳がない。激闘を重ねる日々の中で、「大切な何か」がズタズタに切り刻まれていくことを二人ははっきりと感じていた。壮絶な休日のシュールな斬り合い、穏やかな平日のリアルな暮らし、その往復の中、二人は坂道を転げ落ちるように互いの心身を疲弊させていった・・・。


[PR]
by elijahmadnar | 2018-09-05 00:06 | その他 | Trackback | Comments(0)

伝説の「富山県棋界最強棋士」 (1)

 桶屋郁夫永世北日本名人による寄稿文「伝説の『富山県棋界最強棋士』」の第1回です(全3回)。



「パッシーン・・・」未だかつて見たこともなく優雅で、なおかつ非常に妖しい手つきで放たれた「魂の一手」を見つめながら、私は本能的に感じる身の危険におののいていた。「こ、この人と将棋を指していたら・・・」

さて、のっけから物騒な出だしになり失礼しました。皆様、暑い夏をいかがお過ごしになったでしょうか。久しぶりに寄稿させていただく桶屋郁夫です。ところで、本稿タイトルの「富山県棋界最強棋士」と言えば、世代によってもいろいろな意見があるところでしょう。私にとっても、アマチュアのみならず、プロを含めても断トツナンバーワンと言える人物がお一方います。今回は、その伝説の「富山県棋界最強棋士」の思い出を紹介します。例によって長文になりますが、よろしくお付き合いください。

遡ること今から二十数年前、県棋界で、「伝説の古豪復活」のニュースを耳にするようになった。「何思われたんか、えらい久しぶりに将棋大会に出てこられたわ。」「指しとら見たけど、あんだけの年になっても、とんでもなくきっついわ。」「相変わらず化けもんやわ。」等々・・・。「くまモン」ならぬ、「化けもん」とまで称された古豪の名、姓は「広野」、名は「甚四郎」。明治生まれながら生年は不明。しかし当時すでに85歳を過ぎていたのは確かであった。「昔から県棋界最強と言えば、断トツで甚四郎さん。」と、村上義和支部長をはじめとする諸先輩方から「広野甚四郎最強説」を聞いてはいた。しかし、「フーン。どれだけ強かったんか知らんけど、しょせんは昔話。今の時代に通用するわけないわ。」と、当時アマ竜王戦で2度目の全国ベスト4入りをするなど自信満々、血気盛んだった20代半ばの私は、数々の「甚四郎伝説」を話半分に聞いていた。しかし、それらの中に、聞き捨てならぬ逸話が一点だけあった。それは、黒部市在住で、私も何局かご指導いただいたことのある浜松隆さん(これまた伝説の男の一人)と甚四郎さんとの手合割の話である。その話の前にまず、伝説の男の一人である浜松さんの棋歴を一部紹介することにしよう。

ある年、北信越山静名人戦(対象地域が北信越と山梨・静岡で、それぞれの県代表同士が優勝を争うという、その昔開催されたビッグな大会)に富山県代表で参加した浜松さんが順調に勝ち進み、ついに念願の決勝進出を果たした。そして決勝戦でも、鬼の強さで局面を優位に進める。しかしあろうことか、そこでなんと浜松さんは二歩を打ってしまった。だが幸い、着手した指がまだ離れておらず、すぐに打った歩を駒台に戻した。対戦相手もギャラリーも一瞬驚いたが、気を取り直して次の一手に注目。ところがそこで、浜松さんは突然「二歩打ってしまったんで負けました。」と投了。その場にいる全員がさらに驚かされたが、対戦相手もさるもの、「今のは大丈夫。指が離れてないから二歩じゃない。早く次の手を指してくれ。」と催促した。それからしばらく、二歩を打った打たないの口論が続いたが、お互い譲らず全く埒があかない。結局、審判長の判断で浜松さんの主張が通り、浜松さんは残念ながら準優勝となった。主張が逆ならありがちとも言えようが、語り草になっていたこの話は、何度聞いても双方実にかっこよく、さわやかな気持ちになったものだ。そして、これにはさらなる後日談が。翌年の同大会では、益々パワーアップして「超鬼モード」に入った浜松さんがしっかりリベンジ優勝を果たしたというから、これまたなんとも痛快な話である。したがって、高校時代に直接ご指導をいただき、その強さの片鱗を感じさせられた関係上、浜松さんが「県棋界最強棋士」というのであれば、いくら血気盛んな当時の自分でも、納得せざるを得なかった。ところが、先ほどの「聞き捨てならぬ逸話」によると、その浜松さんが俗語で言うところの「真剣」で甚四郎さんと指すときの手合割は、なんと飛車落ち。上手はもちろん甚四郎さん。それでいい勝負だったという・・・。「あの浜松さん相手に、飛車落ちの上手でいい勝負だなんて、それはさすがに誰かの見間違いか作り話に決まっている。」内心そう思いながらも、甚四郎さんの話題になった時の諸先輩方の顔を見ると、あながち作り話とは思えない何かが感じられた・・・。

話を戻そう。古豪復活の話題は日に日に大きくなるばかり。大会参加の初期は、対局時計を使った経験がこれまで皆無だった関係上、いくら局面がぶっ大差で有利でも、ボタンの押し忘れで切れ負けというパターンが多かったとの事。ところが参加を重ねるにつれ、時計の扱いにも少しは慣れてきて、そんな「少しは慣れてきた」という程度の段階で、ついにはあの杉本千聡さんにまで勝つ始末・・・。今でこそ、あまり勝負にこだらわず、悠々と将棋を楽しんでおられる杉本さん。よって、今の10代20代の若者たちにはその強さがあまり分からないかもしれないが(?)、当時の杉本さんと言えば、各種アマ棋戦の全国大会で何度もベスト8入りするなどの活躍をし、全国的にも名の通ったバリバリの県棋界トップクラスで、私にとっても大変手強い対戦相手であった。その杉本さんが、85歳を過ぎたご老人に「大会でなすすべもなく飛ばされた」との報を聞くに至っては、さすがにこれまで話を半分に聞いていた私でも、甚四郎さんとは一体どんな人物なのか見てみたくなってきた。「一度、会わせてください。」村上支部長にそうお願いすると、近々行われる赤旗名人戦の県大会に出場されるとのこと。自分の場合、赤旗は18歳で県代表になって以降、一度も出場していなかったので、「ちょうどよかった。どんな人か、今度、県大会を見に行きます。」村上支部長にそう伝え、興味津々、当日の大会会場へと向かった。(特定の人物が指している将棋を見るためだけの目的で県大会の会場へ行くなどということは、後にも先にもこの一度きりであろう。)大会開始の定刻少し前、「あっ、甚四郎さんが来られたわ。」村上支部長が見つめる方向に目をやると・・・。「ええっ!?あの人が甚四郎さん???」なんと、目に入ったのは大変小柄なご老公。腰が完全に直角に曲がっており、一歩あたり10~15センチの歩幅で杖をつきながらチョコチョコ歩いて来られるではないか・・・。「その昔、『宮本武蔵』と同じと言われる琥珀色の目で睨まれながら、兄さんいっちょやりますかと将棋を誘われた時には(当然、俗語で言うところの『真剣』で)本当に怖くなったわ。」「福澤さん(豊勝・前支部長)から、とにかく、何があっても、絶対にあの人とだけは将棋を指したらだめやぞ!と止められたんやぜ。」等々、先述の浜松さんとの手合割の逸話同様、村上支部長をはじめとする諸先輩方から、「琥珀色の目をした化け物伝説」やら、「絶対に指してはいけない危険人物物語」やら、数多くのブラック話を聞かされ自分なりのイメージを肥大化させていた私は(ほとんどホラー映画レベル)、自分の想像とはあまりにもかけ離れた甚四郎さんのお姿に大いに拍子抜けした次第である。「あんだけ腰の曲がった人、初めて見たわ。一歩歩くのも大変そう・・・。」と、いたたまれない気持ちにもなり、それが偽らざる甚四郎さんの第一印象であった。しかし、人は見かけによらぬもの。福澤豊勝前支部長が「絶対にあの人とだけは将棋を指したらだめやぞ!」と言われた言葉の意味を、この後、私はいやというほど思い知らされるのである・・・。さて、県大会では、「少しは慣れてきた」とは言え、こちらが代わってあげたくなるくらい、対局時計の押し忘れが頻発。優位な中盤戦での時間切れ負けで、結局、甚四郎さんは早々と敗戦。しかし将棋の内容を見る限り、どうやらただ者ではなさそうだ・・・。

「あの人と、1回指してみたい。」自然にそんな気持ちが湧き起こってきた数日後、村上支部長にお願いし、自分が対局したい旨を甚四郎さんに伝えてもらうことにした。快諾されると思っていたが、話を切り出すと意外にも、村上支部長は気乗りしないようである。何しろ、あの福澤前支部長の「絶対にあの人とだけは将棋を指したらだめやぞ!」という教えを忠実に守ったご当人なのだから・・・。「お願いします。連絡してください。指させてください。お願いします。」選挙運動の街宣アナウンスよろしく、さんざん無理を言った挙げ句の果て、村上支部長は「桶屋に対局させることはしたくなかったけど、甚四郎さんが大会に出てくるようになってから、結局最後はこうなる気がしとったわ・・・」と、渋々ながら連絡をとってくださった。「大丈夫です。将棋を指すだけですから。変な心配せんといてください。」いやな予感的中率99.99%の不安気な村上支部長にそう返事し、伝説の「富山県棋界最強棋士」の化けの皮をはがす絶好の機会が訪れたことに嬉々としながら、後日私は教えてもらった甚四郎さんの入居先である、富山市の某老人福祉施設へと足を運んだ。


[PR]
by elijahmadnar | 2018-09-04 00:59 | その他 | Trackback | Comments(0)

荒屋さんがベンチプレス大会で優勝

6月17日(日)に行われた「第13回高岡市民体育大会」で荒屋秀樹さんがベンチプレス93キロ級で優勝しました(記録は155キロ)。
[PR]
by elijahmadnar | 2018-06-24 02:20 | その他 | Trackback | Comments(0)

富山支部将棋会館移転のお知らせ

(日本将棋連盟富山支部将棋会館代表の桶屋郁夫さんからの道場移転のお知らせです)


富山支部将棋会館移転のお知らせ

皆様におかれましては益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。

さて、この度、富山支部将棋会館を移転し、新装開館いたします。棋力向上を目指す方から、楽しく指したい方、棋友を増やしたい方まで、どなたでもお気軽にお越しください。

<住所> 富山市諏訪川原3丁目2-3

<開館日時> 5月26日() 午後1時

<営業日時> 平日、土日祝日、午後1時~9時

(年末年始・臨時休業を除く)

<料金> 一般・平日500円、土日祝日650

※支部会員、シニア、女性、学生、身障者、中学生以下、月極等、各種割引有

<対局内容> 手合い戦、トーナメント戦、指導対局、フリー対局等

※ 詳細はHPにて→5月半ば過ぎに公開予定連絡先も後日お知らせします。

  代表 桶屋郁夫(H27全国支部名人)


[PR]
by elijahmadnar | 2018-04-27 23:58 | その他 | Trackback | Comments(0)

将棋囲碁処あなぐま

「将棋囲碁処あなぐま」
(砺波市春日町1-25 TEL 0763-22-6210 
営業時間 午前11時~午後9時 定休日火曜日
席料 2時間 一般500円 学生・女性 300円 一日 一般 800円 学生・女性 500円
がオープンしました。

[PR]
by elijahmadnar | 2018-04-08 02:33 | その他 | Trackback | Comments(2)

藤井聡太四段記念切手

「藤井聡太四段29連勝新記録達成記念フレーム切手セット」(税込み3980円)の申込受付が始まっています(郵便局ネットショップ限定)。詳しくはこちらをご覧下さい。
[PR]
by elijahmadnar | 2018-01-24 14:30 | その他 | Trackback | Comments(0)

謹賀新年

本ブログ開始から13度目の正月です。本年も宜しくお願いします。
[PR]
by elijahmadnar | 2018-01-01 00:00 | その他 | Trackback | Comments(0)

本ブログの登場回数(’17)

今年(’17)の本ブログの登場回数です。(アマチュアのみ)

1位  中平寧   (21回) 
2位  桶屋郁夫  (20回)
3位  野原未蘭  (16回)
4位  古崎宏二  (9回)
    永尾寿康  (同)
    北野良太郎 (同)
7位  鷲塚達也  (8回) 
    小林耕一  (同)
    館知太郎  (同)
10位 荒屋秀樹  (6回)
    荒木秀雄  (同)
    米山蓮   (同)

[PR]
by elijahmadnar | 2017-12-31 00:01 | その他 | Trackback | Comments(0)

九州豪雨の義援金を寄託

森下卓九段が12月6日(水)に北九州市社会福祉協議会を訪れ、10月に小倉北区であった「第7回国際将棋フォーラムin北九州」で集まった九州豪雨の被災地支援の義援金14万2千円を寄託しました。義援金は県共同募金会を通じて被災者に送られます。
[PR]
by elijahmadnar | 2017-12-08 03:54 | その他 | Trackback | Comments(0)